弁護士先生と恋する事務員
「おっはようございまーす!」
大きな声に振り向くと、柴田さんがいつものように元気良く入ってきた。
「昨日、詩織ちゃんの手料理、どうだったの先生?教えて?教えて?」
赤フレームのメガネの端を人差し指でくいっと上げながら
興味津津といった様子で近づいてくる。
先生は何事もなかったように私から手を離すと
「やっぱり柴田さんには秘密~。」
と、ズルイ顔で意地悪を言う。
「んもうー!先生のイケズー。」
わははと豪快に笑うその姿は、いつも通りの先生だ。
『詩織、お前さ―――――』
(さっき、何て言おうとしたんだろう)
一瞬だけ見せた、先生の切ない表情が目に焼き付いて離れない。
(先生もあんな顔、するんだ――)
「おはようございます。」
明るい声と一緒に、安城先生が入ってきた。
「あら、おはようございます、安城先生。」
「うぃーす。」
安城先生は私のデスクの横を通り過ぎる瞬間
「おはよう、伊藤さん。」
あきらかにいつもとは違う、親しげな声で私にそう言った。
(……っ…)
昨夜の事を思い出し、動揺してしまう。
昨夜、安城先生に送られて家の近くまで来た時の事――
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
「あ、もうすぐ家なので、ここで大丈夫です。今日はわざわざ送っていただいて、ありがとうございました!」
大きな公園のフェンスが続く歩道で、私は挨拶をした。
月の光が、安城先生のサラサラの髪を照らし、美形の顔が青白く浮かび上がっている。
「あの、さ。……伊藤さんの家に、行ってもいい?」
「………はい!?」
甘い表情で私を見つめながら、突然そんな事を言い出す安城先生に驚いて、私は数歩、後ずさりをした。
普通の女の子だったら、こんなにイケメンの男の人に言われたら悪い気はしないのだろうけど、私は一瞬で体中に鳥肌が立つ思いだった。
(………や、やだ… 何言ってるの安城先生は――)
「へ、変な冗談やめてくださいよ~。私ここで失礼しまーす!」
精一杯明るくかわし、歩き出そうとすると
ギシリ、と音がして私は安城先生とフェンスの間に挟まれてしまった。
(な、なに!?)
すぐに、安城先生の両腕に閉じ込められているのだとわかった。
「や、やだ… 離して…」
「伊藤さん……」
安城先生の顔が、私の唇を目指して近づいて来る。
「いやっ!!!!」
ドン、と思いっきり両手で安城先生の胸を押し返すと
「ふふっ。それじゃあね。おやすみ。」
あっさりと私から離れた安城先生は、含み笑いを浮かべながら、自宅の方向へ踵を返した。
好きでもない異性に近寄られた感覚に震えながら、私は自分の家へと逃げるようにして帰ったのだった――
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
(昨日、あんな事があったから、安城先生の顔まともに見れないよ)
だけど、仕事は仕事だもん。ちゃんとやらなくちゃ。
後ろ向きな自分に喝を入れて、私は仕事に集中することにした。