弁護士先生と恋する事務員
対決
慌ててビルの外へ飛び出すと、商店街には安城先生の姿はなかった。
とりあえず私は安城先生の家の方向へ走りだした。
「あれ、詩織ちゃんどうしたの、そんなに急いで。」
「この前の美人のお姉さん、イカ買ってかないかい?」
商店街から知り合いのおじちゃん、おばちゃんが声をかけてくれるけど
立ち止まって返事をしている暇はない。
私は息が上がりながらも笑顔で手を振り通り過ぎる。
なんだか人気のあるマラソン選手にでもなった気分だ。
商店街を通り抜けると、交差点があらわれる。
どっちに行った…?
出かけるなら大通り方面
帰ったなら、住宅街
ええい―――
私は住宅街へ続く道を選んだ。
今日はオフィスでアヤシイ電話をしてなかったはずだ。
安城先生の自宅までは知らないけれど
だいたいの位置ならわかっている。
夏の夜空はまだぼんやりと明るくて
夕方でも夜でもない、宙ぶらりんな色合いで住宅街を染めている。
街灯が黒いシルエットになって景色に浮かびあがり
その中に一人、黙々と歩くスーツの後ろ姿を見つけて、追いかけた。
「安城先生!」
「―――え!?」
大きな声で呼ばれて、驚いて振り返る。
大きな目をいっそう大きく見開いて私を見ると
途端にスッと冷静な表情に戻った。
「はあ、はあ、はあ…… 安城先生、お話…したい事があります…」
息を切らしながらやっとの事で追いついた私に何かを感じたのだろう。
「手短に、してくれる?」
挑戦的な目つきで見下ろしながら、薄い唇の端をきゅっと上げて
安城先生はそう言った。