弁護士先生と恋する事務員


ドキドキドキ……


女子トイレに駆け込むと、水道の蛇口をひねり
意味もなく手をじゃぶじゃぶと洗った。


――ああ、びっくりした。


先生のあんな顔… 初めて見た。


まだ蛇口から水が勢いよく流れる中

さっきの光景を思い出す。



――ガラスブロックから差し込むやわらかい光を背に


頬づえをついてこっちを見てた


愛おしいものでも見つめるような甘い瞳で


それでいてどこか寂しそうに眉をひそめて――


(私を見てた?あんな顔で?どうして…)


はっと気がつくと、目の前にある鏡の中に
戸惑う自分の顔が映っている。



小さな輪郭を覆うような大きな黒メガネ

何の変哲もない黒髪ボブ

二重だけど、特別大きくもない目

小さな鼻と小さな口


全体的に、小ぶりで華がない顔。


……


急にどっと疲れを感じて思いっきりため息をつく。


はあー……


私、何を盛り上がっちゃっているんだろう。


これと言って何の特徴もない地味な女なのに
先生があんな目で見るわけないじゃない。


唯一の取り柄と言えば若さぐらいだけど
それすらおばあちゃんぽいとか言われてるぐらいだし。


何か別の事でも考えてただけだ、きっと。


やれやれ。


急に冷静になった私は、手を拭いてトイレのドアを開けた。
 
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