弁護士先生と恋する事務員
事務所の小さな冷蔵庫は一気にぎゅうぎゅうになった。
「あら困った。全部は入らないわねえ。野菜は出しておきましょうか。トマトは冷やしたかったけど。」
「飲み物を冷やそうと思って、昨日のうちにクーラーボックス用意しておいたんです。氷を入れればこっちにも入りますよ。」
「さすが詩織ちゃん!気がきくわねー。だけど人数増やしちゃってごめんね。買い出しだけで一苦労よね。」
「いいえ、なんだかお母さんと買い物してるみたいですごく楽しかったです。」
「あらそう?そう言ってもらえたら、嬉しいわ。」
柴田さんはいつも明るく元気で、小さい事なんか気にしないおおらかな性格が魅力的だ。
こんな人がお母さんだったら、さぞかし家庭は賑やかで笑顔に溢れているだろうな。
「詩織ちゃんは一人暮らしよね?たまにはお母さんに顔見せに行ってる?」
二人でキッチンに並んで立ち、食事会の下準備をしていると柴田さんがそんな事を言った。
「いえ…母は去年亡くなって」
「あら、そうだったの?ごめんね、悪いこと聞いちゃったわ。」
「いえいえ、気にしないでください。」
うっかり母親の話題につながる事を言ってしまったのはこちらの方だ。
「…それじゃあ、実家にはお父さん、一人で暮らしているの?」
柴田さんの質問に、私はしばし考えてしまった。
本当の事を言ったら、気まずくなるだろうか。
あんまり幸せそうじゃない身の上話は、聞かされる方が困ってしまうものだ。
柴田さんに気を遣わせるのは嫌だなあ。
かといって、これと言っていい嘘も思いつかなかったので私は正直に言うことにした。
「父は私が小さい頃に離婚したのでいないんです。写真もないからどんな顔かも知らないくらい。」
私は笑顔でつとめて軽く言った。
私自身が気にしてないのに、他の人に同情されるのはやっぱり苦手だ。
「そ、そうだったの…?全然知らなかったわ。それじゃ身内の人って…」
「つきあいのある親戚はいません。」
「まあ―――」
柴田さんは悲しそうに眉を垂れ下げ、私を見た。
まあ、この年で天涯孤独な人間もそんなにいないだろう。
同情されるのは嫌だけど、いつかはこういう会話になるだろうと思っていたから、しかたがない。
「詩織ちゃん、何か困ったことがあったらいつでも相談してね。ほら私、詩織ちゃんの倍の年齢生きてるからさ、少しは役に立てると思うから。」
力強く腕を曲げてガッツポーズをする柴田さん。
柴田さんの言葉は、不思議とすんなり心に沁み込んで、素直に感謝の気持ちが湧いてくる。
「ふふ、ありがとうございます。これからも仲良くしてください。」
「もちろんよっ!」
柴田さんは鼻の穴を大きくふくらませて私に笑って見せてくれた。
「午後の業務が始まるまであと少しね。さあ、今夜の下準備、がんばりましょうか!」
「はい!」
私と柴田さんは、トントントンとまな板を鳴らしながら、ミョウガや青紫蘇を刻み続けた。