弁護士先生と恋する事務員
水曜日。木曜日。金曜日。
先生がいなくても、みんなはいつも通り淡々と仕事をこなしていった。
法律相談は安城先生が全て対応した。
依頼を受け、資料を集め、裁判所へ行き、書類を作り、また相談を受ける。
私もひたすら黙々と仕事に励んだ。
書類作成の合間に電話対応をして、銀行や裁判所や法務局を回り返ってくる。
そうしてようやく金曜日の業務終了時間になった。
(この三日間、長かった… 今頃先生、帰りの飛行機の中かな)
先生に会えない事務所は、酸素が足りない水の中みたい。
私は小さな水槽を泳ぐ金魚みたいに息苦しさを覚えた。
初めは同じ事務所にいられるだけで幸せだと思っていたのに、現状に満足すると人間ってどんどん欲が出てくるものなんだな。
毎日会いたい、話をしたい、笑いかけてほしい。
それから、私が先生を想う気持ちの半分でもいいから、私の事も必要としてくれたら―――
そこまで考えて、私は頭を振った。
(ううん、私がこんなに寂しい思いをしてるっていうのに、先生はきっとキャバクラできれいな女の人に囲まれてウハウハ言ってたはずだ)
(ウハウハ言うだけならまだしも、お気に入りの女の子をホテルまでお持ち帰りしちゃったかもしれないじゃない!先生、見た目だけはいいからモテるだろうし)
(もしかしたら今日だって帰る日にちを延長して、まだ札幌にいるかもしれない。気に入った子を三日三晩泊らせて…)
はあ…。
悪い想像はどんどん膨らむ。そしてそれがリアルに当たってそうだから余計に凹む。
先生だって大人の男の人なんだから、こんなことぐらい普通にあるんだよね…
(やだやだ!もう考えない。)
今日は残した仕事もないし、早めに帰ろうと身支度をしていたら、安城先生が私の机まで来て申し訳なさそうに言った。
「伊藤さん、悪いんだけどもう少し残業できる?」
「え…大丈夫ですよ。何かありましたか?」
「この判例をできるだけたくさん調べてほしいんだけど。」
安城先生が今取り組んでいる案件の事だった。
「わかりました、これから調べます。」
「ああ、ありがとう。」
週末と言っても取り立てて早く帰らなくちゃいけない用事もないし
それに私にこんなに低姿勢な安城先生も珍しい。
(よし、この機会に恩に着せて、イヤミな態度をとれない様にしてやろう。)
そう考えたら途端に元気が湧いてきて、私は鼻歌交じりに分厚い判例集を開いた。