弁護士先生と恋する事務員
センセイと甘い果実
午前9時00分。
業務開始。
私の仕事は秘書兼事務業。
剣淵先生、安城先生の今日1日のスケジュールを確認し
それぞれの先生からいいつけられた仕事にとりかかる。
「詩織、この文章まとめて依頼主のファイルに追加してくれ。」
「わかりました。」
「伊藤さん、先日の依頼主にこの書類書いてもらってください。」
「了解です。」
皆がそれぞれの業務を淡々とこなす事務所内には
コピー機やらパソコンのキーボードを打つ音やら
電話対応している声やらが静かに響いている。
それに混じって時々
「さあ~、今日のおススメはカレイ!いいカレイが入ってるよ、奥さんどうだい?
さあさあ、カレイにかんぱち、甘エビも安いよ~。はいはい、見てってよ。」
商店街から威勢の良い客引きの声が聞こえてくる。
(今日はカレイがおススメかあ。帰りに買って煮つけでもするかなあ。)
などと、つい余計なことを考えてしまったり。
(先生、いつも外食だけどちゃんと栄養取れてるのかなあ。ちゃんと寝てるのかなあ。)
いつも気になるのは先生の事。
一見、いい加減のちゃらんぽらんで暮らしているように見える先生だけど
その実お仕事は激務で、たぶんゆっくり休養なんか取れていないと思う。
昼ごはんはほとんどコンビニ弁当だし(食堂へ行くより早く済むかららしい)
夕食だって、外で済ませているみたいだし。
(早くお弁当や晩御飯を作ってくれるような、ちゃんとした彼女を作ればいいのに。)
女好きの先生には、女の人のお友達がたくさんいるみたい。
夕方になるとしょっちゅう、お誘いの電話がかかってくるのだけど
それが毎回夕飯だけ食べてバイバイしているとは考えにくい。大人の男の人だもんね。
だけど、きちんとしたお付き合いをしている人はここ数年、いないらしい。
(先生の身長、体重もそうだけど、おしゃべりな柴田さんが知ってる事何でも話してくれる。)
いっそのこと、結婚して身を固めちゃえばいいのに。
(―――結婚…)
チクリ。
チクチクチクチク……
先生と素敵な女性が仲睦まじく寄り添っている所を想像したら
急に心臓が痛みだした。
「いたたたた…」
胸を抑えて小さな声で呻いていると、すかさず柴田さんが声をかけてくれた。
「どうしたの、詩織ちゃん!具合が悪いの?心臓が痛いって?大変、心筋梗塞じゃないっ!?」
オロオロして心配してくれる柴田さん。
「だ、大丈夫です!たぶん心筋梗塞とかじゃないんで!」
「そう?…だったらいいけど。この前、裏の家のおじいちゃんがやったのよー、心筋梗塞。もし危ないと思ったら、早めに病院へ駆け込むのよ?」
「わ、わかりました…」
ふう…。
心配性の柴田さんに、うっかり弱った所は見せられないな。
私はしゃきっと背筋を伸ばして、仕事の続きに取りかかった。