弁護士先生と恋する事務員
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(ここが先生のマンションか…)
そこは七階建ての、下町には珍しい中規模なマンションだった。
ブラウンのタイル貼りの外観。小ぶりだけれど品の良い建物だ。
丁寧にお礼を言って安城先生の車から降りた私は、
エントランスにあるオートロックシステムのインターフォンを押した。
「誰……詩織か?」
間をおかず先生の声がした。
「はい、詩織です。先生、買い物もしないで帰ったから、差し入れ」
小さなカメラのレンズに向かって買い物袋を見せると
すぐに鍵を開ける音がした。
「入って来い。」
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先生の部屋は最上階の一番奥だった。
「わざわざ悪ぃなあ。上がれよ。」
玄関先で買ってきた物だけ渡そうと思ったのだけれど、なんとなく流れでお邪魔することに。
先生は当然のことながらスーツではなく、部屋着を着ていた。
黒いTシャツにスウェット素材のカーキ色のクロップドパンツ。
スーツ姿も素敵だけれど、ラフな服装も先生が着るとサマになっている。
(先生、なんか若い)
「お邪魔しまあす…」
いつもと違う先生にドキドキしながら奥へと進んだ。
「わあ、リビング広いですね。」
2LDKぐらいの間取りだろうか。
リビングの奥には対面キッチンが見え、その他に個室のドアが二つほど見える。
リビングには60年代風のブラックレザーのソファーと芝生みたいなグリーンのラグ。
ソファーの向かいには大きなテレビ、木のローテーブルにはパソコンが置かれている。
それなりに生活感はあるけれど、思ったよりきれいに片付いていた。
「経口補水液とかゼリー飲料とかいろいろ買ってきました。熱が上がってきたらこまめに飲んでくださいね。冷蔵庫に入れさせてもらってもいいですか?」
「ああ、キッチンはこっちだ。」
先生に案内してもらい冷蔵庫を開けると、中にはビールやミネラルウォーターぐらいしか入ってなかった。
「わあ、食べ物がない…先生まったく料理しないんですね」
「ああ、ぜんぜんしねえなあ。」
私の隣に立った先生が、他人事のようにそう言った。
潔いほど空っぽな庫内に買ってきた物を詰め込んでいく。
これはお粥とサンドイッチぐらい作って行かなくちゃ。
「先生、キッチンお借りしていいですか?」
「ああ。なんか作るのか」
「お粥を作ろうと思いまして。」
「へえ…」
こんな事もあろうかと、念のために買ってきたお米の小袋を開けていると、スウェットのポケットに手を突っ込みながら物珍しそうにのぞきこむ先生。
「お鍋、これ借りていいですか?」
「ああ、何でも好きに使ってくれ。」
シャリ、シャリと小気味よい音を立ててお米をといでいる間も
先生は私の周りをウロウロしている。
(先生ったら、料理するお母さんにまとわりついている子供みたい――)
なんだか可笑しくなって笑ってしまったけれど、
これでは病人の看病に来た意味がない。
先生を無理やり寝室に押し込めると、布団をかぶせて
「いいから、先生は寝ててください!」
やっとの事で、大人しくさせたのだった。