白紙撤回(仮
数秒後、それは繋がった。
オートロックのインターホンから眠そうな市ヶ谷の声が返ってきた。
思わず息を飲む。

「……はい。どちら様?」

「山科ですけど……覚えてます?」

数秒間の沈黙。

「ああ。覚えてる……いらっしゃい。上がってきて?」

カチリと応答が切れると直ぐ様、自動ドアが開いた。

感情のないような声。
声からは何の感情も読み取れない。
それが何だか怖かったが俺は腹をくくって自動ドアを抜けエントランスに足を踏み入れた。

エレベーターが長く感じる。
市ヶ谷の家の前に着き、インターホンを鳴らすと中でカチャリとロックを外す音がしてドアがゆっくりと開いた。

「久しぶり……来ないかと思ってた」

俺を見るなりニヤリと市ヶ谷が笑う。
俺はバツが悪くて視線を外した。

「逃げねぇよ……お前には十五万の借りがある……」

「ふーん。アレはあげたのに。で?」

「借金はここで働いて返すから……その……」

「何?」

自尊心が邪魔をして言葉がすんなり出ない。
だがここに来た時点でプライドも糞もない。

「……あと二百八十万!俺に貸して下さいませんか……なんて」

チラリと視線を戻して市ヶ谷を見た。
調子の良いことを言っている自覚はある。

「……ぷは!あはは!」

市ヶ谷は俺から顔を逸らして笑った。
俺は苦虫を噛み潰したような顔で黙って市ヶ谷を見ていることしか出来なかった。
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