たなごころ―[Berry's版(改)]
箕浪の言葉に、笑実の眉間の皺は更に深さを増す。眸を閉じているのだから、その状況を見えてはいないはずなのだが。一瞬、箕浪は口元を綻ばせて見せる。続いて、笑実を囃し立てた。早くしろと。
肩を大きく上下させ、ひとつ息を吐いてから。笑実は覚悟を決める。今日が、箕浪の願いを聞いてあげられる最後の日なのだからと。これが、私の最後の仕事だと。
用意してあった櫛を使い、箕浪の前髪を整える。霧吹きで水を吹きかけ、十分に前髪を濡らしてから。笑実は鋏を構えた。
時折、自分の前髪を整える程度のことはあっても。全くの他人の髪に鋏を入れるのは、初めてのことだ。緊張からか、笑実の手が若干、震える。
「いいですか?」
「いいよ。大丈夫だから」
穏やかな箕浪の返答を合図に、ゆっくりと。笑実は鋏を入れてゆく。鼻先まであった箕浪の前髪に。少しずつ。少しずつ。
浴室内に、髪を切る独特な音が木霊する。慎重に、丁寧に。笑実の手によって、黒い髪で出来た壁が壊れてゆく。次第に、姿を現すのは。長い睫毛を携えた、箕浪の伏せられた眸。
不意に。箕浪の眸が開いた。いつか覗き見たときと同じように。綺麗な眸をした箕浪の視線と。笑実のそれが絡み、思わず。笑実は、鋏を持つ手を止めていた。
肩を大きく上下させ、ひとつ息を吐いてから。笑実は覚悟を決める。今日が、箕浪の願いを聞いてあげられる最後の日なのだからと。これが、私の最後の仕事だと。
用意してあった櫛を使い、箕浪の前髪を整える。霧吹きで水を吹きかけ、十分に前髪を濡らしてから。笑実は鋏を構えた。
時折、自分の前髪を整える程度のことはあっても。全くの他人の髪に鋏を入れるのは、初めてのことだ。緊張からか、笑実の手が若干、震える。
「いいですか?」
「いいよ。大丈夫だから」
穏やかな箕浪の返答を合図に、ゆっくりと。笑実は鋏を入れてゆく。鼻先まであった箕浪の前髪に。少しずつ。少しずつ。
浴室内に、髪を切る独特な音が木霊する。慎重に、丁寧に。笑実の手によって、黒い髪で出来た壁が壊れてゆく。次第に、姿を現すのは。長い睫毛を携えた、箕浪の伏せられた眸。
不意に。箕浪の眸が開いた。いつか覗き見たときと同じように。綺麗な眸をした箕浪の視線と。笑実のそれが絡み、思わず。笑実は、鋏を持つ手を止めていた。