たなごころ―[Berry's版(改)]
「猪俣笑実。……最後まで、続けろよ」
「何をですか」
「狐林学の調査も、ここのアルバイトも」

 笑実が小さく息を呑む。眸を見開いて。どうしてとつぶやく笑実に、箕浪は口元を綻ばせ答えた。

「猪俣笑実の行動なんて、お見通しなんだよ」

 笑実が手にしていた鋏を取り上げ、箕浪はそれを脇に置く。何もなくなった笑実の両手を自身の掌で包み込み。眸を逸らすことなく。箕浪は言葉を続けた。

「契約満了まで、あと約1週間。笑実が今まで続けてくれた書架の整理。正直、凄く役に立っている。客の評判もいい。ゆくゆくは、笑実が作ったデータを基に、端末を導入し、外部からのアクセスやネット通販への展開も考えているんだ。だから。最後まで全うしてほしいと思ってる。これは、店主としてのお願いだ」
「でも……」
「狐林学のことは。苦しくても、どんな現実が待っているにしろ。逃げるな。呼称はなんでもいい。復讐だろうと、気持ちの決着だろうと。ただ。当初の予定通り。最後まで、あいつとの3年間を清算して来い。曖昧に終わらせて、時間の流れに身を任せたとしても。表面上は傷が癒えたように見えても。中には膿が溜まるんだ。ふとしたきっかけに痛み出す。後悔したときには、手遅れになるこもある。一度逃げると。逃げ癖がつくぞ。……これは、依頼を受けた立場としてと。人生の先輩としての忠告だ。――あと、ひとつ。」
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