たなごころ―[Berry's版(改)]
「……まだ、何かあるんですか?」

 箕浪の腕が、笑実の腰へ回り引き寄せられる。
 箕浪が椅子へ腰を下ろしているせいで出来ている身長差。故に。いつもとは逆に。笑実の胸の中に。箕浪の顔があった。驚き、笑実は箕浪の旋毛を見下ろす。

「――1週間。俺に時間をくれ。どんな返答を、猪俣笑実が選ぶにしても。1週間だけでいい。当初の予定通りでいい。俺の傍に居てくれ」
「箕浪さん……」
「守りたいと、誰かの傍に居て、自分の手で守りたいと思ったのは。猪俣笑実、お前が初めてだ。初めてなんだ。笑実のために、強くなりたいとも思った。だから、頼む」

 密着している箕浪の腕が、身体が。少しだけ震えていることに、笑実は気付く。
 箕浪の過去を知ってしまった今。笑実には分かってしまう。親しい人が、自分の元を離れることは当たり前だと、仕方のないことだと思っていた箕浪に。去る人の背中を、ただ見つめてきた箕浪に。自分を引き止めることに、どれ程の勇気と努力を必要とするかを。
 胸から込み上げてくる感情を、笑実は嚥下を繰り返し一緒に飲み込む。自身の腰に回る箕波の腕を解き、身体を引き離した。同時に、箕浪が顔を上げる。

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