たなごころ―[Berry's版(改)]
17.刷り込まれる言葉
 客も居なく、音楽もない静かな店、古本・貸本屋『わにぶち』。店内を見渡せば、既に見慣れた光景となっている、笑実が本を整理する姿が目に入る。一冊一冊を手に取り、外装を整え、内容を確認する。
 違約金で解決することを諦め、残り1週間を全うすると。笑実は箕浪と約束した。その期間で。どこまで片付けられるかは分からない。だが、役に立っていると分かれば、俄然やる気が出ると言うもので。作業を続ける笑実の眸は真剣そのものだ。
 しかし、その笑実の眉間には。今までには見られなかった、深い皺が寄せられている。

「猪俣笑実。そろそろ休憩しなくて大丈夫か?」
「……私のことはお構いなく」
「シガーバーで、新作のパスタが出来たらしい。味見に行かないか?」
「作業がありますから、箕浪さんだけでどうぞ」
「猪俣笑実」
「……っもう、なんですか!」

 笑実は苛立たしさを顕に、振り返る。彼女の後ろに、箕浪が居るからだ。
 笑実が居るのは、5段程度の脚立の上。今まで使用していた踏み台では、書架の最上部まで手が届かなかった笑実のために。箕浪が用意したものだ。そこに、箕浪は笑実の身体に背中を預け、座っていた。自分に向けられた笑実の眸を見つめながら、箕浪は嬉しそうに口にするのだ。

< 123 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop