たなごころ―[Berry's版(改)]
「着飾った姿を見ていたい気持ちと、今すぐに脱がせたい気持ちがせめぎあっているんだけれど。俺はどちらの気持ちに、素直に従えばなればいいと思う、猪俣笑実?」
「嫌がらせなら、帰りますよ。私」

 箕浪の笑う声を背中で聞きながら、笑実は先を歩いた。先ほどまで、自分が身に着けていた服の入った紙袋。その持ち手を、力を込めて握り締めて。箕浪に触れられた箇所が、熱を帯び始めているのを誤魔化すように。

 次に箕浪が向かった先は。美容室だった。近代的な作りの建物を、車窓から眺めて。笑実は首を傾げる。

「箕浪さん、セットならシガーバーの店員さんにお願いしませんか?気心が知れているし。彼は腕もいいし」

 笑実の質問に、珍しく箕浪が言い淀む。掌で口元を覆って。耳朶が赤く染まってゆく。初めて目にする箕浪の変化に、笑実は瞬きを繰り返していた。ようよう、口にした箕浪の言葉。聞き取れず、笑実は耳を近づける。

「……なんだよ」
「はい?」
「俺以外の男が、笑実の髪を触るのが嫌なんだよ!」
「何ででしょう。……私、もう、変態さんとは話したくありません」

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