たなごころ―[Berry's版(改)]
 呆れたように呟いて。笑実は箕浪を残し車を降りた。顔を俯かせて。慌てて追いかけてくる箕浪に、自身の頬が緩んでいる表情を見られないために。

 ※※※※※※

「おや、箕浪さん……ですか?」

 箕浪の名を呼ぶ声が届き、会場内を歩いていたふたりは足を止める。聞こえた方へ目をやると。柔らかな笑顔を浮かべる男性が立っていた。隣には、訪問着を着こなした綺麗な女性。右にある泣き黒子が印象的だ。
 足早に、箕浪は彼らの元まで歩み寄り、握手を求めた。相手も、慣れた様子で右手を差し出す。

「珍しいですね。表立った場所に、喜多さんではなく貴方が来るだなんて」
「ええ、今回は事情がありまして」
「本日が大事な決戦の日でもありますからね。慎重さにも気合が入っていると言う現われなのか……それとも。隣に居る女性が、事情でしょうか?」
「太市くん、失礼よ」

 太市と呼ばれた男性が、突然自分を話題に上げたことに。笑実は一瞬驚いたものの。寄り添う女性が窘めてくれたことで、笑実は安堵する。苦笑を浮かべる箕浪が、彼らを笑実に紹介する。

< 136 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop