たなごころ―[Berry's版(改)]
 最後の問いに。箕浪は答えない。口を閉ざし、視線も合わせようとしない。何故か、笑実の胸に苛立たしさが募る。勢いに任せ、口を開こうとしたとき。聞きたくもない声が、笑実の耳に届いた。

「箕浪さん!」

 走りよってきたのは、甘い香りを携えた鈴音だ。彼女の姿を認め、箕浪も笑実も。知らずにため息が零れる。両方の肩と胸元までを大きく見せた、マーメイドタイプのドレスを靡かせて。髪をきっちりと結わえた鈴音が、ふたりの元まで駆け寄る。伸ばされた腕は、当然のように箕浪の手を捕まえる。
 ふつりと、笑実の胸に湧き上がる黒い感情。それに飲み込まれたくない笑実は、視界からふたりをすぐさま追い出した。

「箕浪さんが来るって知っていたら、エスコートをお願いしたのに」
「頼まれても一緒には来ないよ」

 絡み付く鈴音の腕を、箕浪は解こうとするが。鈴音も黙ってはいない。あまりにもどうでもいい攻防を前に。笑実はあからさまなため息を零していた。

「私、少し人に酔ったみたいです。風に当たってきます」

 引きとめようとする箕浪の声を背中で聞きながら。笑実は足早に会場を後にした。

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