たなごころ―[Berry's版(改)]
 言葉を返そうと、口を開いた笑実を引き止めるように。階段を駆け上がる大きな音が室内まで届く。息を切らせ、ドアを乱暴に開け、箕浪が姿を現せた。脱兎のごとく、笑実の横に腰を下ろすと。喜多の視界から奪うように、笑実を抱きしめた。その様を前に、喜多は更に笑みを深くする。

「……話は終わったのか?大事な俺の女とふたりっきりにさせてやったんだ。もう帰れよ」
「言われなくても、帰ってやるよ」

 再度、笑実に一礼してから。喜多は今さっき箕浪が来たドアへと足を進める。見送るために腰を上げようとした笑実だが。それは箕浪の拘束によって叶わなかった。引き剥がそうと試みたが、箕浪の力が弱まる気配はない。小さなため息をひとつこぼし、笑実は仕方なく諦める。
 ドアの手前で、喜多が振り返り笑実に言葉を投げた。

「猪俣さん、これから苦労することも多いだろうけれど。私で力になれることは惜しみません。いつでもご連絡を」
「なんで笑実がお前に連絡するんだよ!」

 箕浪の声が終わる前に、ドアが静かな音と共に閉まる。今の言葉が、喜多の耳に届いたのかは不明だ。唇を尖らせる箕浪に、笑実は自然と。頬を綻ばせていた。

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