たなごころ―[Berry's版(改)]
「俺、箕浪。おはようさん」
「……分かってるよ。こんな非常識な時間に電話をかけてくる奴は箕浪くらいだってことは。惚気話は今度聞くから、今はもう少し寝かせてくれ」
「それは今度な。メール、今読んだんだ。親父はなんて?」
「ああ――俺に、箕浪を説得してくれってさ」

 ――会長に呼び出された。
 喜多から送られてきたメールには、そう書かれていた。予想通りの喜多の回答に、箕浪の口元が自然と緩む。喜多も同じ気持ちなのだろう。笑いを含んだ物言いであった。

「親父自身も、分かってはいると思うんだ。喜多の方が後継者に相応しいってことは。ただ、簡単に割り切れるものでもないことも、理解できてる。時間が必要なことだ」
「長期戦は覚悟の上だろう?」
「まあな」

 携帯電話を持ち替え、箕浪は髪をかき上げた。軽くなり、広がったのは。髪や視野だけではない。今の箕浪は。

「俺が会社から退いても。株主であることに変わりはないんだ。損はさせないように、頼むよ。未来の喜多社長」
「よく言うよ」

 喜多との通話を終え、用のなくなった携帯電話をテーブルに放り出し。箕浪はソファーの背に頭をもたらせ天井を見上げる。ずっと、胸に痞えてきたことだ。笑実が原因ではないが、きっかけであることは確かだった。
 わにぶちの経営陣から退くこと。
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