たなごころ―[Berry's版(改)]
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 人気の少ないわにぶちで、変わらず店内に響く音は。ことり、ことりと。笑実が本を整理し書架へ戻す音だ。アルバイトと言う契約が終了してからも、箕浪との約束通り。毎日ではないものの、2~3日に一度、笑実はわにぶちを訪れていた。恋人である箕浪の顔を見にくることが主な理由ではあるが。書架の整理も、目的のうちのひとつでもあった。随分と時間がかかってしまったものの、そろそろ目処が立ちそうなところまできている。
 整頓されつつある書架を見つめ、自己満足に浸っていると。ドアを乱暴に開閉する大きな音が、笑実の耳に届く。弾かれたように、笑実はそちらへ視線を向けた。直後に聞こえるのは、ヒールの音だ。それだけで、笑実には今店内に訪れた人物が誰なのか、検討がつく。諦めのため息が、無意識に零れていた。

「笑実~!いるんでしょ~?どこ~?」
「ここよ、鈴音」

 ヒールの音を響かせ、鈴音が笑実の元へ駆け寄る。笑実の姿を見つけるや否や、両手を伸ばし、それを笑実の首へと巻きつけた。以前はむせ返るような甘い香りを漂わせていた彼女だが、今では控えめなさっぱりとした香水へと変わっていた。笑実には、今の方が鈴音の印象に合っているように感じられる。
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