たなごころ―[Berry's版(改)]
2.ふたりの男
「おい!そこの女!」
唐突に。大きな声が笑実の鼓膜を震わせた。彼女はゆっくりと瞬きをする。どれだけの時間、同じ姿勢で同じ場所を眺めていたのか。視線の先に、彼女を惹きつけていた人物の姿は既にない。
だが。笑実の脳裏には、録画された映像のように先ほどの2人の姿が焼きついていた。それを無理やり隅へ追いやる。
未だに降り続く雨が邪魔をする不明瞭な視界の中、笑実は声が届いてきた方に視線を向けようと試みた。この時、笑実は初めて気付く。自身の身体が思うように動かないという事実に。油の足りない機械のように、自身の首が悲鳴を上げていたからだ。
不快な音が聞こえてきそうなほどぎこちない動きで、首を回し捉えた視界の先に。寝起きのように乱れた頭髪と眸を覆い隠すほどに長い前髪、猫背が目立つ姿勢の悪い見知らぬ男性が立っていた。
雨脚は一向に衰えを見せない。傘を持たぬ笑実はもちろん、大量の滴を垂らし続けびしょ濡れである。しかし、笑実の前に姿を見せた男性の服が濡れている様子は全くない。右手に大きな黒い傘が握られているからだろう。傘の柄を握る手元から笑実は再び視線を上げ、喉仏、唇、鼻筋、最後に前髪に隠れた眸へと辿り着いた。笑実が顔を向けたことに納得したのか、その人物は言葉を続ける。