たなごころ―[Berry's版(改)]
「こんなところにずぶ濡れで突っ立ていられたら、商売の邪魔なんだよ。さっさと避けてくれないか」
男性に言われ、笑実は改めて自身の周囲へ視線を向ける。
――なるほど。確かに店の構えがそこにはあった。随分と……良く言えば懐かしい、悪く言えば古くさい臭いのする店舗が。
入り口は上半分が磨りガラスの木枠で出来た合わせ扉。恐らく、その扉の前で立ち止まったとしても、自動的に開くことはないだろう。黄ばんだ貼り紙も見られる。懐かしさを感じる軒の上には、大きな看板が鎮座していた。
――古本・貸本屋 わにぶち と。
開店当時には恐らく、太く黒い逞しい文字で書かれていたことだろうに。現状はと言えば、所々塗装が剥がれており、辛うじて読める状態にあった。
笑実が立つ場所は、『わにぶち』の入り口から数歩先の場所だ。確かに、笑実の存在は『わにぶち』の来客の邪魔となることだろう。日常、この店舗にどれだけの集客があるのかは分からないが、だ。
完全に動きを止めてしまっていた笑実の脳ではあったが、目の前にいる男性の指摘が間違ってはいないと、理解することはできた。謝罪の意を込め、笑実は僅かに頭を下げる。重さの増した髪を一度振り、その場を立ち去ろうと足を進めた、その時。