たなごころ―[Berry's版(改)]
8.眩暈のタネ
 室内に漂う緊張感。肌へ触れる空気が、まるで刃物で傷つけられているかのようにピリピリと痛む。コの字に置かれたソファーの下座に、笑実は腰をおろしていた。左手には、だらしのなく座る箕浪。上座には会長。そして、目の前には、甘い香りをふんだんに纏った女性が。明るい栗色に染められた、左右がアシンメトリーになったボブヘアー。大きな宝石を乗せたネックレスには照明が反射し、眩いほどの輝きを放っている。だが、持ち主である彼女も決して、負けてはいない美しさがあった。惜しげもなく晒されている魅惑的な足に、笑実は同性であるにも関わらず目を奪われてしまっていた。指先には、紅いマニキュア。
 笑実は心の中で地団駄を踏んだ。同席していなければ、なんとも面白い場面であろうに。女性ならば誰でも好きであろうスキャンダルな匂いが、笑実の嗅覚をこれ以上ないほど刺激している。しかし、それは自分が巻き込まれないほどの安全圏に居る場合に限る。秘書たちが控える、あのひとつドアを隔てた場所で覗き見するのが一番ベストだろうに。
 大げさではあるが。笑実の手は、汗が滴るのではないかと思うほどに濡れていた。それほどまでに、このなれない人物たちと空間に緊張しているのだ。血管も広がっているのだろう、軽い頭痛さえしてくる始末だ。
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