たなごころ―[Berry's版(改)]
 先ほど、女性の秘書と思しき人物が置いていった目の前にある紅茶に。笑実は遠慮がちに手を伸ばした。喉を鳴らさぬよう、ゆっくりと嚥下した時。会長が口を開く。

「箕浪、そちらのお嬢さんは?」

 開口一番が、まさか自分の話題になるとは思わず。笑実は動揺のあまりに咽こんだ。3人の気遣わしげな視線が、更に笑実を咳き込ませる。その笑実が落ち着くよりも早く。箕浪が答えを返した。

「俺の店で働いているアルバイト。ちょっと事情があってね、短期間雇ってる。今日はたまたま、用事があったから連れて来ただけだ。それよりも。俺はクライアントがいるって聞いて足を向けたわけだけれど。何故、鈴音《すずね》が居るのか。俺のほうこそ、説明してほしいね」

 箕浪の視線は会長へ向けられていた。問いただすべき人物は、目の前に居ると言うのにだ。いかにも。その箕浪の態度が面白いとでも言うように。眸を細めた鈴音が、会長の代わりに口を開いた。

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