たなごころ―[Berry's版(改)]
「危ないなあ。俺まで濡れるだろう」
男性の遠慮ない言葉が、更に笑実を刺激した。
欠けることも気に止めず、笑実は地面に爪を立てながら固く拳を握る。それを振り上げ、力の限りコンクリートへ叩きつけた。傘を叩く大きな雨音に負けることなく、男性の息を呑む音が聞こえたような気がしたが、構う余裕など既にない。笑実は声を張り上げる。
「うるっさいわね!どうせっ!――どうせね、いい歳した女ですよ!年下の男性に告白されて浮かれたときもあったわよ!都合のいい女だと思われているかもしれないだなんて、私が一番感じてたわっ!
でも、……私なりに頑張ってきたのよ」
笑実は蹲り、ついには大きく泣き声をあげ始めた。
通行人が途切れた訳ではないこの通り。ずぶ濡れの女性が長時間立ち尽くしていただけでも十二分に視線を集めていたにも関わらず、現状は最悪の一途を辿るばかりである。だが、笑実自身にもこの状況をどう打開すればいいのか。胸の内で膨れ上がり、破裂してしまったこの感情をどう抑えればいいのか。解決策を見つけること出来なかった。