たなごころ―[Berry's版(改)]
不意に。笑実は肩を強く押され、自分の意思には関係なく上体を起こされ顔を上げた。涙なのか鼻水なのか雨水なのか。よく分からないもので、笑実の顔は更に酷い状態になっていることだろう。もちろん、気にする余裕など笑実にはない。
突然のことに呆然とする笑実の視線と、腰を屈めた男性のそれが絡む。――暖簾のような前髪越しの眸と、ではあるが。
「ったく!」
「え?」
大きく舌を鳴らしてから。笑実の返答を待つことなく、男性は笑実を抱き上げた。自身が濡れることをも既に諦めたのだろう。傘は折りたためられ、道路に投げ出されている。強い雨がふたりの身体を容赦なく濡らした。
急な出来事に動揺し、笑実は思わず男性にしがみ付く。掌で感じる男性の体温。服を通して感じる、筋肉の隆起。抱き上げられてたことによって、濡れて重みをました衣類が身体に纏わりつく。
「暴れるなよ。落とすからな……」
大きく、スライドのある歩幅で、男性は笑実を抱きかかえ、店――わにぶち――へと向った。笑実を抱きかかえたままに、片手で扉を引き開け、男性は店内へと足を踏み入れる。
瞬間。古紙独特の匂いが笑実の鼻を掠めた。