たなごころ―[Berry's版(改)]
 店内いっぱいに並べられている書架には、本が隙間なく詰められていた。書架に納まりきらない本も多いのだろう。書架の上にも本が乗せられ、更には無造作に積まれた微妙なバランスのタワーがいくつも見られる。その間に出来ている細い通路を、男性は慎重に通過してゆく。
 差ほど広くはないだろう店内の奥には、レジの置かれた一畳ほどのカウンターが。更に奥はガラス戸で区切られた小上がりが見える。一瞬捉えたそこへ向うのだろうと、漠然に思っていた笑実だったが。
 予想に反し、男性は右90度へ方向を変えた。カウンターの横にあるドアを、再び片手で開く。姿を見せたのは、2階へ続く階段。男性はそこを素早く駆け上がる。ふたりの身体から滴った雫が、足跡のように階段に残っていた。
 上がりきったところに再びドアがあり、男性はそれをも開け、身体を滑り込ませると、突然声を張り上げた。

「喜多《きた》!風呂だ。風呂を沸かせ!」

 声に反応し、室内の奥から姿を見せたのは。細身の、スーツを着込んだ長身の男性だった。突然現れたずぶ濡れの二人を前に、喜多と呼ばれた彼は驚きを隠せない。呆れたように、口元を一瞬緩めてから、元居た場所へと姿を消した。数秒後、早足で再び姿を見せた時には、大きなバスタオルを手にして。
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