たなごころ―[Berry's版(改)]
 ふと、笑実は一枚の写真に手を止める。写真を持つ手が少しだけ。震えてしまっていることに、笑実自身でも十分にわかった。
 狐林学と、見知らぬ女性――あの雨の日の女性とも違う。と唇を合わせている写真。

「……彼は複数の女性と関係があるみたいだ。ここ数日接触したのはふたり。大学内では、研究に熱心な学生で通っているみたいだけれど。よく顔を出すバーやクラブでは少し名前を知られているみたいだね」
「……あの」

 喜多の言葉を遮るように。笑実は言葉を重ねた。
 酷く、酷く胸が痛んだ。
 幸せだと思っていた、信じてきた3年と言う歳月。数週間前に目撃した場面で、十分にその歳月は見せ掛けだったのだと理解しているつもりでいたのだが。自覚が足りなかったと言うことなのだろうか。表面上の幸せに溺れて、盲目的に生きてきた自分が。情けなくも、可哀想にさえ、笑実には思えてきてしまっていた。やはり、こんなことは、間違っていたのだ。
 唇に、一度歯を立ててから。笑実は口を開く。

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