たなごころ―[Berry's版(改)]
13.プレゼント
 時刻は午後3時。車とは違う、眠りを誘うような地下鉄の揺れを身体で感じながら。笑実は、体重のほとんどをドアへ預け立っていた。図書館での勤務を、通常よりも少しだけ早めに終えて。『わにぶち』へと向かう途中だ。
 一度は辞めようと決めた、あの店へ。

 先日、喜多から突きつけられた落とし穴。違約金70万円。
 微妙な金額だと、笑実は思っていた。10年近く真面目に働いてきた笑実に、70万は決して払えない額ではない。一度に支払うことが出来る程度の蓄えも、十分にある。しかし。簡単に、即決できる額ではないことも確かなのだ。もし、これが。100万と言われたならば、すんなり諦められただろう。逆に、10万や20万であれば。笑実はさっさと支払い、彼らとの関係を清算していることだろう。
 ガラスにぼんやりと映る、自分を見つめながら。笑実は大きくため息を零した。あの時の……喜多と契約した日に戻れるのならば。どんなことをしてでも。あの時の自分を引き止めただろう。タダより高いものも、怖いものもないのよ!と。

 重い足取りで。笑実は改札を抜け、わにぶちを目指す。
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