たなごころ―[Berry's版(改)]
 助手席のドアを開け、手にしていた荷物を放り込み。箕浪は笑実を振り返った。

「今日、店のアルバイトは休みだ。猪俣笑実、好きなところへ連れて行ってやる」
「はい?」

 笑実の返事を待つことなく。箕浪は笑実を掬い上げ、助手席に座らせた。シートベルトを締め、得意げに眉を上げてドアを閉める。自身も、ぐるりと車を大きく回り、運転席に腰を落ち着かせてから。ハンドルに手を置いて、笑実へ再び問うた。

「さあ、どこへ行きたい?」
「……アルバイトが休みなら、私帰ります」

 降りようと、ドアに手を掛ける笑実のそれを、箕浪が制止する。振り返った笑実の鼻先に、箕浪のサングラス越しの眸があった。笑実の心臓が、大きく一度跳ねる。

「この間のこと。……猪俣笑実を不快にさせただろうから。挽回する機会をくれてもいいだろう」
「悪いと思っているなら、言葉で謝罪してくれれば十分です。モノで吊らなくても、反省は受け入れられる人間です。私は」
「吊ろうと思っているわけじゃない。でも。もう、謝りたくもないんだ」
「酷く動揺して、慌てて謝ってましたもんね、あの時の箕浪さん。今更だと、謝罪の言葉の方が、難しいですか」
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