死の迷宮から
【中編(下)】
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。どうやら私は、いつの間にか気を失っていたらしい。辺りを見回してみても、なにもない。此処は一体何処なんだろう。立ち上がろうと足に力を入れた時。
―――ガチャリと部屋の扉が開いた。
『・・・目、覚めてたんですね』
そこには、フードのあの男がいた。フードに隠れて顔は見えない。
『・・・・・・貴方、誰・・・っ?』
後退しながら問えば、男は何も答えないまま、私に食事を差し出した。これを食べるなんて出来るわけがない。
『いらないわ・・・!』
『・・・・・・』
諦めるかと思ったのに、男はもう一つのスプーンでスープを一口掬い、飲んで見せた。安全を、証明している・・・?
『・・・食べてください』
懇願するように言われて、私は、勇気を出してスープを一口飲んだ。・・・美味しい。
・・・・・・あれ、この味・・・?
考えている間に、男は部屋から出て行った。私は、その彼の行動に驚きを隠せなかった。私を誘拐したのだから、アーデルウェル家かウエス家に怨みのあるものだと思っていた。怨みがあるのだから、私は無事ではすまないと・・・思っていたのに。もしかして、もうお父さん達にお金を要求して、交渉済みなのか。それならば有り得る。
『・・・・・・っ』
帰り、たい。私は幸せになるはずだったのに。きっと、アシュトは弱いから・・・私を心配しているに違いない。抱きしめてくれる温かい腕が恋しくなった。
『食べないんですか』
しばらくして、スープを一口以外口に含んだ以降、何も食べなかった皿を下げに、男がやってきた。私はその場に体育座りをして、顔を伏せた。すると、彼は何も言わずに食器を持って外へ出て行った。バタンと扉の閉まる音が聞こえてから顔を上げると、そこには洋服があって。動きやすい、私がいつも着るような服があった。私の、好みの服。着替えろという意味だろう。確かにウェディングドレスのままというわけにもいかない。大人しく着替える。そして、薄暗い部屋の冷たいベッドに転がった。
『私・・・・・・どうなるんだろう』
そんな呟きは、誰にも聞こえないまま。夜の闇に溶けていった。
≫≫≫
月明かりしかない、暗い部屋。冷たいベッドで眠る彼女に、布団をかけた。
『・・・・・・メアリー』
愛しい愛しい、メアリー。僕の大事な人。6年会わないうちに、また綺麗になった。艶やかかな髪は背中まで伸びている。白く綺麗な肌は相変わらずで・・・。でも、何となく見えるような位置―――手首や首に、傷の跡が増えた。その傷はまるで―――彼女は自分のものだとでも主張しているようだった。
『メアリー・・・僕、後悔はしてないよ。世界にとっては犯罪だとしたって・・・・・・僕は君の為なら何だって出来る。ずっと、会いたかった』
今のメアリーに言っても、伝わらないのはわかっていた。それでも、僕は・・・。
≫≫≫
この部屋に閉じ込められて三週間が経った。閉じ込められるといっても、トイレもお風呂も部屋にあって、自由に使える。部屋にいても、私好みの本が取り揃えてあって、退屈しない。私は、どうしようもない居心地の良さを感じていた。アシュトと住んでいた部屋は、息が詰まりそうだった。いつも怖くて、ピンと空気が張り詰めていて。あの家では、本も読めなかった。帰りたいという気持ちが、どんどん薄れていく。居心地の良さを感じたらダメなのに。本当は、無理にでも逃げ出さなきゃ行けないのに。・・・私は、此処にいたいと思い始めていた。
『・・・ねえ、いい加減教えて。貴方は誰なの?』
いつものように食事を運んできた彼の、服の裾を掴んで引き止めた。彼は、動きを止めて、少しだけ見える口元を緩めた。微かに笑っている。
『・・・当ててみて』
『・・・・・・私の知り合いだっていうの?』
知り合いに誘拐されるような人は・・・・・・思い当たりすぎて怖い。質問を変えよう。
『じゃあ、誰の命令?』
彼は、私の隣に座った。私が警戒していないとわかったのだろうか。そして、ゆっくり首を振った。
『僕は単独犯だよ』
『え・・・?』
ますます意味がわからない。しかも、あまり答えになってない。彼の持ってきてくれたコーヒーを一口飲んで首を捻る。美味しい?なんて聞いてくる彼に、小さく頷いた。
『私の・・・好きだった人が煎れてくれたコーヒーと同じ味。・・・初めて此処に来た時に出されたスープも。料理の味が・・・彼が作る味に似てる』
ライアンを思い出す。この味が、ライアンを思い出させる。
『・・・・・・っ』
彼は、何も言わずに下を向いてしまった。もしかして・・・怒らせた・・・のかしら。どうしようと、そっとカップを机に置いた。すると、その瞬間に、思い切り腕を引かれて、抱きしめられる。
『きゃ・・・っ』
『"彼"の命令でさらわれたって言ったら・・・・・・君は怒る?』
『!ライアンの・・・?!』
本当に、ライアンが・・・?6年も、会っていなかったのに。私の事なんて忘れてしまってると思っていたのに。
『貴方はライアンの命令で動いてるの?!教えて・・・!』
『わっ・・・まっ、』
私は、手に力が入りすぎて、彼を倒してしまった。パサリと、フードが外れる。現れた、その顔は。
『―――ライ、アン・・・?』
ずっと会いたかった人の顔。6年の間に、また大人っぽくなった。私の、大好きな人・・・。
『ライアンが、私をさらってくれたの・・・?』
ライアンは気まずそうに目を逸らした。そして、起き上がってフードを被り直した。
『・・・・・・ごめん』
呟くように小さな、弱々しい声で謝るライアンを、私は抱きしめた。謝らないで。そんな意味を込めて。
『ありがとう』
『え・・・?』
『私をさらってくれてありがとう』
あの、孤独な場所から救ってくれた。大好きな人が危険を侵してまで。それだけで嬉しい。ずっとあそこから逃げたかった。
『・・・・・・メアリーがアシュトと結婚すると聞いて・・・僕はいてもたってもいられなくなったんだ。ウエス家の豪邸に忍び込んだんだ』
ライアンはぽつりぽつりと語り出した。それにしても、ウエス家の厳重な警備を突破するなんて、すごい。
『そして、俺は見つけたんだ。ベランダで悲しそうに言葉を呟く君を・・・・・・』
"迎えにきて、ライアン"
心の中だけで言っていたつもりの言葉は、どうやら口に出ていてしまったようだ。それを聞いたライアンが、まさか当日に助けに来てくれるなんて・・・。
『ずっと・・・君を想ってた。愛してるんだ・・・!』
『私も、この6年間、貴方を忘れたことはないわ・・・っ』
ずっと、貴方のところに行きたかった。ずっとこうして抱きしめてほしくて・・・でも、私が我が儘を言えば皆が不幸になるから。我慢をしてた。けれど・・・。
『ライアン・・・・・・私を護って。貴方と一緒にいたいの・・・!』
あったかい。離れたくない。もう、誰が何と言おうとライアンと一緒にいたい。力強くしがみつくと、ライアンは更に強く抱きしめてくれた。薄暗い部屋に、二人きり。月明かりだけが、私達の口づけを見守っていた。
≫≫≫
それから私達は、小さな山小屋で暮らすことになった。誰にも見つからない、自然の豊かな場所。育てている畑で野菜が採れるし、山を降りたところにすぐ、安くお肉やお魚を売ってくれるお店もある。なにも不自由はない。ライアンといられる、幸せな空間。
『お帰りなさい、ライアン』
『ただいま。体の調子はどう?』
ライアンは私のお腹を撫でながら、優しく笑う。そう、今、私のお腹には新たな命が宿っている。私とライアンの、赤ちゃん。此処で早く家族三人で暮らしたい。そんな事を考えながら、夕食の支度の為に、ライアンと共に外に出た。
その時、だった。
『メアリー・・・!』
ほんの一瞬で、幸せは崩れ落ちた。ガラガラと、音を発てながら。
『コー、デリア・・・っ!』
『貴女・・・っ!あんたねえっ!!』
ビシッという音と共に頬に痛みが走った。じりじりと痛む頬を押さえると、うっすらと血が滲む。
『お前・・・・・・メアリーを傷つけてただで済むと思ってる・・・?』
『ええ!思ってるわ・・・!メアリー!貴女の何倍も、アシュトは傷ついた!!』
何も、言えない。アシュトは私を愛してくれていた。コーデリアは言っていたものね。
"アシュトを裏切ったら、許さないわ"
そう、私は・・・許されない事をした。アシュトを裏切って、コーデリアを傷つけて、幸せに暮らしていて、
『メアリーに傷をつけた・・・・・・それだけでお前は許されないよ。誰が何と言おうと、許されない』
ライアンまでもを狂気に染めてしまったのだから。
『ごめんなさい・・・っ、私は、どうしたらいい・・・?どうしたら・・・皆が幸せになれるの・・・?』
優しいアシュトが好きだった。でも、私が変えてしまった。ヤキモチを焼くコーデリアが可愛かった。でも、私が壊してしまった。一途に思ってくれるライアンを愛していた。でも・・・私が狂気に染めてしまった。何をすれば償える?私は、何をしたら?ぎゅっと、お腹を抱きしめた。ねえ、あなたは・・・どうしたら幸せになれる?温かで、無垢な新しい命に問い掛ける。
『そのお腹・・・まさか、っ』
『ぅ、あああああ!!』
向けられた拳銃。避けられるわけがない。目を、つぶる。せめて、あなたは守るから。
『っ・・・ぁ・・・っ!!』
『え・・・・・・?』
覚悟していた、痛みは私にはやって来なかった。ばたりと、倒れる体。跳びはねる血しぶき。
『ラ、イ、アン・・・っ?』
横たわる彼は、苦しそうに脇腹を押さえていて。どくどくと緑の草花に赤い液体が注がれていく。
『いや、よ・・・嫌よライアン・・・!!』
『・・・・・・まも、るから・・・』
大好きな、あの微笑み。最後のような気がするのは、どうして?別れを告げているようなのは、どうして?
『あ、あ・・・わ、私・・・っ、なにも、何もしてない・・・!!』
コーデリアは震えたまま、拳銃を投げ捨てて走り去って行った。残された私は、彼の頬に触れる。
『待ってて・・・!今すぐ病院を・・・』
『此処に・・・・・・いて、』
優しく、握られる手の平。私は、足がすくんで動かすことが出来なくなった。
『・・・メアリー・・・・・・" "』
『・・・!』
彼の手から、力が抜ける。脈が、動いていない。涙が、溢れる。溢れて溢れて溢れて・・・。
『嫌ああああ・・・!!』
ライアン、私を追いて行かないで。私を一人にしないで。私の側に・・・ずっと側にいて。
約束したじゃない・・・!
ライアン・・・っ・・・!!
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。どうやら私は、いつの間にか気を失っていたらしい。辺りを見回してみても、なにもない。此処は一体何処なんだろう。立ち上がろうと足に力を入れた時。
―――ガチャリと部屋の扉が開いた。
『・・・目、覚めてたんですね』
そこには、フードのあの男がいた。フードに隠れて顔は見えない。
『・・・・・・貴方、誰・・・っ?』
後退しながら問えば、男は何も答えないまま、私に食事を差し出した。これを食べるなんて出来るわけがない。
『いらないわ・・・!』
『・・・・・・』
諦めるかと思ったのに、男はもう一つのスプーンでスープを一口掬い、飲んで見せた。安全を、証明している・・・?
『・・・食べてください』
懇願するように言われて、私は、勇気を出してスープを一口飲んだ。・・・美味しい。
・・・・・・あれ、この味・・・?
考えている間に、男は部屋から出て行った。私は、その彼の行動に驚きを隠せなかった。私を誘拐したのだから、アーデルウェル家かウエス家に怨みのあるものだと思っていた。怨みがあるのだから、私は無事ではすまないと・・・思っていたのに。もしかして、もうお父さん達にお金を要求して、交渉済みなのか。それならば有り得る。
『・・・・・・っ』
帰り、たい。私は幸せになるはずだったのに。きっと、アシュトは弱いから・・・私を心配しているに違いない。抱きしめてくれる温かい腕が恋しくなった。
『食べないんですか』
しばらくして、スープを一口以外口に含んだ以降、何も食べなかった皿を下げに、男がやってきた。私はその場に体育座りをして、顔を伏せた。すると、彼は何も言わずに食器を持って外へ出て行った。バタンと扉の閉まる音が聞こえてから顔を上げると、そこには洋服があって。動きやすい、私がいつも着るような服があった。私の、好みの服。着替えろという意味だろう。確かにウェディングドレスのままというわけにもいかない。大人しく着替える。そして、薄暗い部屋の冷たいベッドに転がった。
『私・・・・・・どうなるんだろう』
そんな呟きは、誰にも聞こえないまま。夜の闇に溶けていった。
≫≫≫
月明かりしかない、暗い部屋。冷たいベッドで眠る彼女に、布団をかけた。
『・・・・・・メアリー』
愛しい愛しい、メアリー。僕の大事な人。6年会わないうちに、また綺麗になった。艶やかかな髪は背中まで伸びている。白く綺麗な肌は相変わらずで・・・。でも、何となく見えるような位置―――手首や首に、傷の跡が増えた。その傷はまるで―――彼女は自分のものだとでも主張しているようだった。
『メアリー・・・僕、後悔はしてないよ。世界にとっては犯罪だとしたって・・・・・・僕は君の為なら何だって出来る。ずっと、会いたかった』
今のメアリーに言っても、伝わらないのはわかっていた。それでも、僕は・・・。
≫≫≫
この部屋に閉じ込められて三週間が経った。閉じ込められるといっても、トイレもお風呂も部屋にあって、自由に使える。部屋にいても、私好みの本が取り揃えてあって、退屈しない。私は、どうしようもない居心地の良さを感じていた。アシュトと住んでいた部屋は、息が詰まりそうだった。いつも怖くて、ピンと空気が張り詰めていて。あの家では、本も読めなかった。帰りたいという気持ちが、どんどん薄れていく。居心地の良さを感じたらダメなのに。本当は、無理にでも逃げ出さなきゃ行けないのに。・・・私は、此処にいたいと思い始めていた。
『・・・ねえ、いい加減教えて。貴方は誰なの?』
いつものように食事を運んできた彼の、服の裾を掴んで引き止めた。彼は、動きを止めて、少しだけ見える口元を緩めた。微かに笑っている。
『・・・当ててみて』
『・・・・・・私の知り合いだっていうの?』
知り合いに誘拐されるような人は・・・・・・思い当たりすぎて怖い。質問を変えよう。
『じゃあ、誰の命令?』
彼は、私の隣に座った。私が警戒していないとわかったのだろうか。そして、ゆっくり首を振った。
『僕は単独犯だよ』
『え・・・?』
ますます意味がわからない。しかも、あまり答えになってない。彼の持ってきてくれたコーヒーを一口飲んで首を捻る。美味しい?なんて聞いてくる彼に、小さく頷いた。
『私の・・・好きだった人が煎れてくれたコーヒーと同じ味。・・・初めて此処に来た時に出されたスープも。料理の味が・・・彼が作る味に似てる』
ライアンを思い出す。この味が、ライアンを思い出させる。
『・・・・・・っ』
彼は、何も言わずに下を向いてしまった。もしかして・・・怒らせた・・・のかしら。どうしようと、そっとカップを机に置いた。すると、その瞬間に、思い切り腕を引かれて、抱きしめられる。
『きゃ・・・っ』
『"彼"の命令でさらわれたって言ったら・・・・・・君は怒る?』
『!ライアンの・・・?!』
本当に、ライアンが・・・?6年も、会っていなかったのに。私の事なんて忘れてしまってると思っていたのに。
『貴方はライアンの命令で動いてるの?!教えて・・・!』
『わっ・・・まっ、』
私は、手に力が入りすぎて、彼を倒してしまった。パサリと、フードが外れる。現れた、その顔は。
『―――ライ、アン・・・?』
ずっと会いたかった人の顔。6年の間に、また大人っぽくなった。私の、大好きな人・・・。
『ライアンが、私をさらってくれたの・・・?』
ライアンは気まずそうに目を逸らした。そして、起き上がってフードを被り直した。
『・・・・・・ごめん』
呟くように小さな、弱々しい声で謝るライアンを、私は抱きしめた。謝らないで。そんな意味を込めて。
『ありがとう』
『え・・・?』
『私をさらってくれてありがとう』
あの、孤独な場所から救ってくれた。大好きな人が危険を侵してまで。それだけで嬉しい。ずっとあそこから逃げたかった。
『・・・・・・メアリーがアシュトと結婚すると聞いて・・・僕はいてもたってもいられなくなったんだ。ウエス家の豪邸に忍び込んだんだ』
ライアンはぽつりぽつりと語り出した。それにしても、ウエス家の厳重な警備を突破するなんて、すごい。
『そして、俺は見つけたんだ。ベランダで悲しそうに言葉を呟く君を・・・・・・』
"迎えにきて、ライアン"
心の中だけで言っていたつもりの言葉は、どうやら口に出ていてしまったようだ。それを聞いたライアンが、まさか当日に助けに来てくれるなんて・・・。
『ずっと・・・君を想ってた。愛してるんだ・・・!』
『私も、この6年間、貴方を忘れたことはないわ・・・っ』
ずっと、貴方のところに行きたかった。ずっとこうして抱きしめてほしくて・・・でも、私が我が儘を言えば皆が不幸になるから。我慢をしてた。けれど・・・。
『ライアン・・・・・・私を護って。貴方と一緒にいたいの・・・!』
あったかい。離れたくない。もう、誰が何と言おうとライアンと一緒にいたい。力強くしがみつくと、ライアンは更に強く抱きしめてくれた。薄暗い部屋に、二人きり。月明かりだけが、私達の口づけを見守っていた。
≫≫≫
それから私達は、小さな山小屋で暮らすことになった。誰にも見つからない、自然の豊かな場所。育てている畑で野菜が採れるし、山を降りたところにすぐ、安くお肉やお魚を売ってくれるお店もある。なにも不自由はない。ライアンといられる、幸せな空間。
『お帰りなさい、ライアン』
『ただいま。体の調子はどう?』
ライアンは私のお腹を撫でながら、優しく笑う。そう、今、私のお腹には新たな命が宿っている。私とライアンの、赤ちゃん。此処で早く家族三人で暮らしたい。そんな事を考えながら、夕食の支度の為に、ライアンと共に外に出た。
その時、だった。
『メアリー・・・!』
ほんの一瞬で、幸せは崩れ落ちた。ガラガラと、音を発てながら。
『コー、デリア・・・っ!』
『貴女・・・っ!あんたねえっ!!』
ビシッという音と共に頬に痛みが走った。じりじりと痛む頬を押さえると、うっすらと血が滲む。
『お前・・・・・・メアリーを傷つけてただで済むと思ってる・・・?』
『ええ!思ってるわ・・・!メアリー!貴女の何倍も、アシュトは傷ついた!!』
何も、言えない。アシュトは私を愛してくれていた。コーデリアは言っていたものね。
"アシュトを裏切ったら、許さないわ"
そう、私は・・・許されない事をした。アシュトを裏切って、コーデリアを傷つけて、幸せに暮らしていて、
『メアリーに傷をつけた・・・・・・それだけでお前は許されないよ。誰が何と言おうと、許されない』
ライアンまでもを狂気に染めてしまったのだから。
『ごめんなさい・・・っ、私は、どうしたらいい・・・?どうしたら・・・皆が幸せになれるの・・・?』
優しいアシュトが好きだった。でも、私が変えてしまった。ヤキモチを焼くコーデリアが可愛かった。でも、私が壊してしまった。一途に思ってくれるライアンを愛していた。でも・・・私が狂気に染めてしまった。何をすれば償える?私は、何をしたら?ぎゅっと、お腹を抱きしめた。ねえ、あなたは・・・どうしたら幸せになれる?温かで、無垢な新しい命に問い掛ける。
『そのお腹・・・まさか、っ』
『ぅ、あああああ!!』
向けられた拳銃。避けられるわけがない。目を、つぶる。せめて、あなたは守るから。
『っ・・・ぁ・・・っ!!』
『え・・・・・・?』
覚悟していた、痛みは私にはやって来なかった。ばたりと、倒れる体。跳びはねる血しぶき。
『ラ、イ、アン・・・っ?』
横たわる彼は、苦しそうに脇腹を押さえていて。どくどくと緑の草花に赤い液体が注がれていく。
『いや、よ・・・嫌よライアン・・・!!』
『・・・・・・まも、るから・・・』
大好きな、あの微笑み。最後のような気がするのは、どうして?別れを告げているようなのは、どうして?
『あ、あ・・・わ、私・・・っ、なにも、何もしてない・・・!!』
コーデリアは震えたまま、拳銃を投げ捨てて走り去って行った。残された私は、彼の頬に触れる。
『待ってて・・・!今すぐ病院を・・・』
『此処に・・・・・・いて、』
優しく、握られる手の平。私は、足がすくんで動かすことが出来なくなった。
『・・・メアリー・・・・・・" "』
『・・・!』
彼の手から、力が抜ける。脈が、動いていない。涙が、溢れる。溢れて溢れて溢れて・・・。
『嫌ああああ・・・!!』
ライアン、私を追いて行かないで。私を一人にしないで。私の側に・・・ずっと側にいて。
約束したじゃない・・・!
ライアン・・・っ・・・!!