恋と愛とそれから彼と




『スーツ掛けるとこある?』

「その辺に、」

『‥‥その辺?』





ハヤトという人物は、今日が初対面の見知らぬ男ではない。
高校三年間は同じクラスで、席が隣になったことが何度もある。

くじ引きだったのに、だ。





「クローゼットの中、まだ入るはずだけど‥」

『開けていいの?』

「ちょ、ちょっと待って!」





急いでソファーから立ち上がり、彼がそっぽを向いているうちにクローゼットを開け、確認する。

うん、大丈夫。案外整理整頓されている。





『‥‥服それだけ?』

「‥‥!?」





真後ろから声がした為に、びくりと肩が跳ねた。振り返らずとも、結構な至近距離であることは間違いないだろう。

それこそ、体温さえ感じられそうなくらいに。身体に良くない。





「いや、スーツ出勤なので‥」

『にしたって、少ないよ』

「まぁ多くはないよね、うん」





「しかも地味。」と、一つ文句を付け加えた。認めざるを得ない。
ダークカラーが占める割合ときたらもう。


ハヤトはハンガーを取り出しスーツを掛け、再びキャリーバッグに戻って行く。





「荷物多い、」

『ナオが少なくて助かったよ』

「なにそれ、」

『いいじゃん。男の服は干せば防犯にもなる。』

「未だかつて一度も泥棒とか入って来なかったよ」




キャリーバッグに向けている目許が緩む。ふふ、と微笑んだのがわかった。

「それは運が良かったね。」と一言。


少し開けていた窓から風が入り、カーテンが膨らんだ。
春の日差しが良くお似合いな彼は、次々に荷物を広げていく。





『でも今って物騒だから。男の一人や二人、一家に一台。』

「ごめん、なんか凄くややこしくて意味不明な言葉だった。」

『まぁまぁ。あって損はしないし、居ても損はしないってこと。』





本当に居ても損はしないだろうか。
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