マンホール
「大ちゃん‼」
叫び声に近かった。
失いたくないモノを取り戻すには、代わりになにかを失くさなければならない。
「俺、大ちゃんが好きだよ」
心から。
瞬間、僕の好きな人は、泣きそうになった。ほんの瞬間、瞬きをする間だけれど。目を瞬かせると、もう、いつもの笑顔。いつもの、拠り所だ。
「ありがとな。でも、行くわ。凄いところなんだ。俺たちが想像もできない所でさ。行かないと一生、後悔するから」
じゃ、どうして。
どうして、その目から一筋、涙が流れたの?
どうして、君は泣いているのですか?
マンホールの蓋を開けると、あの時と同じ、風が吹いた。
屈んでいる大きな背中に、桜の花びらの雨が降る。淡い淡い、薄紅色の花びらが舞い踊り。
風がやむと、大騎の姿はなかった。
マンホールそのものが、跡形もなく消え去っていた。
まるで始めから、失くしてないかのように。