マンホール


「大ちゃん‼」

叫び声に近かった。


失いたくないモノを取り戻すには、代わりになにかを失くさなければならない。



「俺、大ちゃんが好きだよ」

心から。


瞬間、僕の好きな人は、泣きそうになった。ほんの瞬間、瞬きをする間だけれど。目を瞬かせると、もう、いつもの笑顔。いつもの、拠り所だ。

「ありがとな。でも、行くわ。凄いところなんだ。俺たちが想像もできない所でさ。行かないと一生、後悔するから」


じゃ、どうして。

どうして、その目から一筋、涙が流れたの?


どうして、君は泣いているのですか?



マンホールの蓋を開けると、あの時と同じ、風が吹いた。

屈んでいる大きな背中に、桜の花びらの雨が降る。淡い淡い、薄紅色の花びらが舞い踊り。


風がやむと、大騎の姿はなかった。



マンホールそのものが、跡形もなく消え去っていた。


まるで始めから、失くしてないかのように。



< 18 / 30 >

この作品をシェア

pagetop