マンホール


社会人となった年、花見の場所取りを任された。不慣れな仕事を挽回するのは、こんな時しかないと、前の晩から寝袋で勇んだ。


月を撫でる桜を見ながら、それでも僕は大騎のことはもう、思い出さなくなっていた。きっと、何処かに居るのだろう、そんな予感めいた思い。ふと目覚めると、近くですすり泣きが。


それが和子と僕の出会い。


「どうか、しましたか?」


肩を震わせる、初々しい、恐らく僕と同じ新卒だろう。彼女はそれはそれは魂を削られるように、しくしく泣く。お茶を勧めても、暖かい珈琲を勧めても、泣き声はやむどころか増すばかり。


小一時間、彼女を励まし続け、ようやく顔を上げると、


「この場所、譲ってください」


あゝ、そういうことか。そういうことは、早々に断らねばならない。断腸の思いで居住まいを正し、口を開くより先に、彼女が堰を切ったように泣き出した。


僕は桜を見上げて、大きなため息を吐き出した。


あゝ、桜、君は相変わらず綺麗だな。


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