マンホール
「まさる、ドッジやろうぜ」
僕は振り返った。
まさる。
キュッと胸が痛く、ざわざわとした痒みが体を駆け巡る。逃げ場のない痒みが、熱となって顔を赤らめるのが、鏡を見るように分かった。
「井上は無理だって」
僕は向き直った。
井上。
そう。それでいい。顔の痺れも取れた。僕は井上優だ。優(ゆう)なのか、それとも他の呼び名なのか戸惑うから、安全パイの井上。それ以前に、井上だ。
活字好きで球嫌いの、井上優。
「優(まさる)、行くぞ‼」
僕は再び振り返った。
其処に。
もう川村大騎は居ない。
思わず腰を浮かせる。大騎は、僕が後を追いかけると信じているのだろうか。信じてやまないのだろうか。
優(まさる)。
川村大騎は、どうして僕の名前を呼んだのだろう。井上じゃなく、どうして下の名前を呼んだのだろう。
そして僕は。
どうして教室から飛び出したのだろう。