シュガーレスキス
「私もうっかりだからいけなかったんだよ。彼も謝ってくれたし。もう今後はこういう事は無いように注意するから」

「……正直、八木の事は会社に訴えてでもチーフを外してもらいたいと思ってるぐらいなんだ」
「それは止めた方がいいよ、証拠も無いし」

 私は慌てて聡彦を止めた。
 セクハラを訴えて女性側が優位になった事例はあまり知らない。
 だいたいはいたたまれなくなって、訴えた側が仕事を辞めてしまうパターンばかりだ。

「分かってる。そういう訴えは、結局菜恵が苦しめられるだけだって……だから、打つ手が無い」

 私は八木さんが抱いている聡彦への恨み言も聞かせてもらっていて、復讐心と私への執着心が今の暴走する彼を動かしているんだというのは分かっていた。

「……本当に好きな人に出会って無いんだね。八木さん」

私が言った言葉に、聡彦は少し驚いていた。

「だって、本当に好きな人にはあんな事出来るはず無いもの。彼は自分の心しか見えてない。自分しか可愛くないんだよ。本当に好きな人に出会ったら、今の私に対する気持ちが本当の愛情じゃないって事が分かるのに」

 力無く言った私の言葉に、聡彦も“そうだな……”と言ってそれっきり何も言わずに私をずっと抱きしめていた。

 八木さんが本当の恋に出会うまで、待つしかないな……と私は思っていた。
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