シュガーレスキス
「如月さんは真顔で冗談言うから気を付けてねー。しかも怒ってる時はマジだから、そのあたりの表情を読み分けないと大変だよ」

 新しい仕事仲間の小宮ルリちゃんという年下の可愛い子がそういう忠告をしてくれた。
 表情を読み分ける……私が苦手としている分野だ。
 さっきのあれは、じゃあ冗談だったのかな。
 仕事が終わってからはツンに振り回され、仕事中は俺様に振り回される事になった。


 いよいよ営業での本格的な仕事が始まるという月曜日。
 一応新人ていうか、この部署では一番下の立場だから、私は早めに出社して机の上を拭いたり、床掃除したりしていた。
 誰も居ないと思っていたから、鼻歌なんか歌ったりして。

 布巾を給湯室で絞っていたら、唐突に後ろに誰かが立つのを感じた。
 振り向く暇もなく、私の両サイドから男の人の手がバンッと向かいの壁に当てられた。

「……おはよう小鳥ちゃん。いい声だね」

 そっと振り返ると、ものすごく近くに顔を寄せた如月さんがいた。

「お……おはようございます。早いですね」

 私の鼻歌がうるさかったんだろうか。
 仮眠してた彼を起こしてしまったようだ。

「徹夜したんだよ。後藤さんのせいでうまく寝付けなかった。……もう今日は半休もらうから。午後にまた来るってリーダーに言っといて」

 何されるのかと思ったけど、別に何もされなくて、そのまま彼は本当にヨロヨロと帰って行った。
 この時点で、如月さんの正体不明さが、私の中で認識され始まっていた。
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