シュガーレスキス
 異性を感じちゃったら仕事なんか出来ないですよ。
 私はそう思ってそのまま階段を降りようとした。

「待って」

 いきなり右の手首をつかまれ、階段を降りる足が止まった。

「……何ですか?」

 振り返ると、すごく真面目な顔をした如月さんが立っている。
 彼はもう2・3段下に降りて私の背丈と一緒になるぐらいの高さになった状態で私の目をじっと見た。

「本当にさ……君の心が俺に向けばいいのに……ってお願いしたよ」
「……」

 返事に困っていると、彼は本当にさり気なく私の頬に軽くキスをした。

「君には恋人がいて……その人を大事に思ってるのは分かってる。だから、俺は叶いそうもない気持ちを抱えて過ごすしかないって事だよ」

 それだけ言い残し、如月さんは足早に階段を全て降りきってしまった。

 あのお酒に酔った日。
 あの日に「俺が気に入ってる女性……君だから」って言ったのを思い出した。
 気のせいだと思ってたけど、あれは本当に言われた事だったんだ。

 呆然としてしまい、これからどういう顔をして車に乗ればいいんだろうと思った。
 でも、下まで降りきった如月さんは「モタモタしてると置いてくぞ!」なんて大声で叫んでいて、いつもの半分ふざけた調子の彼に戻っていた。
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