シュガーレスキス
 私はノロノロと着替えを済ませ、職場には1時間後れるという連絡をしてから部屋を出た。
 仕事なんかする気分じゃ無いけど、何もしないで家に閉じこもっていても余計暗くなるだけだ。
 とりあえず仕事をして気持ちを分散させないと、これから自分がどうやって聡彦と接していけばいいのか分からない。

 洗面所に並んだ二本の歯ブラシが寂しく見えて、それだけで私は涙が出そうになった。

「後藤さん、舘さん普通に出勤してるけど……大丈夫だったの?」

 ルリちゃんが私の姿を見て飛んできた。

「うん。体は大丈夫みたい」
「何か問題あったの?」
「……ちょっとね。記憶が……曖昧みたい。時間が経てば戻るかもしれないし……多分大丈夫だよ」

 この会話を聞いていた如月さんが、「後藤さん、ちょっと付き合って」と言って彼一人でも大丈夫な外回りに付き合わされた。

「……大丈夫?」

 運転席で冷房の調整をしながら、彼はさりげなくそんな事を聞いた。

「何がですか?」
「舘さん……後藤さんの事覚えてなかったの?」
「……ええ。目を覚ましたら、私の事“後藤さん”なんて呼んでましたよ。あの人が私を苗字で呼ぶなんて会社内でだけだったのに……」

 私はつい如月さんに本当の気持ちを言ってしまった。
 今自分一人で聡彦の問題を抱えるのは、かなりつらい状態なんだと自分でも分かった。
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