シュガーレスキス
 愛しい人の命。
 あなたの事、消えて欲しいなんて思ってないのよ。
 本当は聡彦と二人で「出ておいで」って迎えるはずだったの。

 でもね、人の命をこの世に生み出すっていうのは……とても責任が重い事なの。
 特にお父さんになる人の心っていうのは、努力無しにはなかなか育たないもので。
 だから、私を愛した記憶を失った聡彦に、あなたの命を伝える事が出来ない。
 ごめんね、すぐに愛してあげる余裕の無い私で。
 せっかく選んで降りてきてくれたのにね。

 号泣する中、私の頭の中はこんな思いで一杯だった。
 今抱きしめてくれてるのが如月さんだという事すら忘れていた。

「後藤さん……ごめん。俺なんかじゃ代役にはならないだろうけど、あの人に打ち明けられない悩みは全部俺に言ってくれていいから。一緒に考えるよ……何かいい方法が無いか……考えよう」

 如月さんには何も非が無いのに、何故か私に謝っていて。
 それに私の事も一緒に考えてくれると言っている。

 彼の優しい言葉で少しずつ落ち着きを取り戻し、私の気持ちがようやく現実に戻ってきた。

「ご……ごめんなさい。こんなの……誰にも話すべきじゃなかったのに……」
「一人で抱えるにも限度があるだろ。こんな大きな問題……一人じゃ抱え切れないよ。俺だってさすがに答えを出せって言われても即答は無理だし」

 営業車の中で、私達はその後もしばらく無言だった。
 如月さんは持っていたタバコを全てダストボックスに捨て、「禁煙するにはいいタイミングだったよ」なんて彼らしい口調で言った。
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