シュガーレスキス
「雨で濡れる。駄目だ、菜恵……俺に今触れたら君が濡れてしまう」

慌てて体を離そうとするけれど、菜恵の細い腕は俺を捕まえて離さなかった。

「いいの。今は……聡彦を愛してるって事を伝えるのが先なの。如月さんに言われて、自分の本当の気持ちがハッキリ分かったの。ごめんね、私……少しだけ疑ってた。あなたが私のお腹の子を自分の子じゃないって少しは思ってるかもって……」

菜恵は濡れた俺の体をきつく抱きしめて涙ながらに、そう語った。

「馬鹿だな。そんな事は微塵も考えてないよ。ただ、あいつの方が男として懐は大きい気はしてて……つまり、大人げなく嫉妬したんだ」

屋根のある場所までゆっくり移動して、菜恵の体が冷えるのを避けるために合鍵で部屋のドアを開ける。

「嫉妬……。聡彦らしさが戻ってるね」
「俺、最悪なツンツン男だって言われたの思い出したよ」

何故か雨の日の記憶をきっかけに、ポツンポツンと小さな記憶が戻っていく。

「それだけ思い出してくれれば、もうほとんど聡彦が戻ったのと一緒だね」

クスッと笑って、菜恵はそう言った。

「そう?こんな俺でいいの?」
「ん……そんなあなただから好きなの」

綺麗な瞳を潤ませて、菜恵が俺を見上げる。
彼女の頬を両手で軽く挟んで、優しくキスをした。
記憶を失ってから初めてのキスだ。
今まで確実なものを思い出せなくて、ずっと彼女の唇に触れるのが怖かった。
でも、今はハッキリと菜恵を愛していると言える。

雨が……それを思い出させてくれた。
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