シュガーレスキス
「後藤さん」

 沢村さんが顔色を変えずに私の名前を呼んだ。

「はい」
「私もあなたみたいに天然に弱い女に生まれたかったです」
「は?」
「演じてみても、弱いふりをした女には魅力は無いみたいなんですよ。だから、私……もう本来の自分で生活してます」

 そう言った沢村さんは、確かに今まで見せていた大人しくて品のいい優等生というイメージとは異なっている気がした。

「私に舘さんへのアプローチはもういい加減にしろって釘刺しにいらしたんですか?」

 ポストに郵便物をストンと入れ、彼女はきつい目線で私を睨んできた。
 これが本当の沢村さんの顔。
 自分の欲望が通らない事を猛烈に不服としているのが分かる。

「そうですね。簡単に言ってしまえば、そういう事になりますね。ただ、聡彦を好きなあなたの気持ちまではどうこう出来るものでも無いと思ってますけど……」

 そう言ったら、彼女は馬鹿にしたように鼻でフンっと笑った。

「またそうやっていい人を演じて……そういうのがムカつくんですよね」
「え?」

「自分の男に手を出すなってハッキリ言えばいいじゃないですか。子供もいるし、結婚も決まってるんだから、別の男にすればいいのにって……ちょっと黒い本音も全部言えばいいじゃないですか。好きな気持ちはどうこう出来ないだなんて、綺麗事……聞くだけで鳥肌がたちますよ」

「……」
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