シュガーレスキス
 あの瞬間だ。
 たったあれだけの事で私は彼に心を奪われた。
 見た目にもかなり整った人だったけど、私は彼の不器用そうな優しさが嬉しかった。
 きっとどんなに口が悪くても、行動はそれに反して優しいんじゃないか……そんな印象だった。

 だから、私はあの日もらった古い彼の社員証を大事にパスケースに入れて持っている。

 お守りみたいに。

 桜が葉桜になって、青々した香りが私を包んでゆくに従って、私は毎日お昼休みになると、食堂やその近辺に彼が歩いてないか探すようになった。
 それで、聡彦が私を認識してなくても、彼の姿を見つけるだけでドキドキしていた。
 チャンスさえあったら私から声をかけたかったんだけど、いつでも冷たい表情をしていて、なかなか近づくことが出来なかった。

 そんな時、変なかたちで聡彦は私に近づいてきた。
 告白なのか脅迫なのか分からない彼の言葉や態度には相当と惑わされたけど、私は愛されてる実感が無いまま、聡彦の傍にいたくて付き合ってた。
 本当に「ただ傍にいたい」という素朴な気持ちだった。

 つらい日もあったけど、今、聡彦が本気で私を愛してくれているのが分かって、やっと安心して彼の腕の中に抱かれる事が出来ている。
 ただ、彼の焼きもちは相当ひどいっていうのが分かったから、なるべく異性との接触は控えようって感じなんだけど、受付という仕事をしてる以上、たくさんの人と会話してしまうのはどうしようもない。
 まあ、それが分かっているから聡彦も不器用な方法でその焼きもちを払拭しようとしたんだろうね。
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