シュガーレスキス
 そんな訳で、俺は菜恵に会う毎に無茶な注文をつけた。

 だいたい、会った男の数をカウンターで正確に報告してくるっていうのも実は笑いたくて仕方なかったんだが、そこはこらえて、教えてもらった数だけのキスをした。
 質問も1回だけなら答えてやるって言えば、本当に真剣に「1回だけ」の質問を帰る間際まで考えている。
 キスをすると菜恵の目はみるみる潤んで、もっと先までを誘うような様子を見せる。
 ”嫌だなんて口ばっかりだな”……とか意地悪を言って、さらに深いキスをしてやるんだが、本当は俺の方が興奮してしまって、そこから先の衝動を止めるのに一苦労だった。

 菜恵のキャラは絶妙に俺のポイントを抑えていた。
 彼女は俺に振り回されていたと思っていたのかもしれないが、実は俺の方が菜恵に夢中になりすぎて、我を忘れていた……というのが本当のところだ。

 結局、菜恵から三行半をつきつけられ、資料館に新しく入った八木という男が何だか
菜恵に対してやけに親しげなのを見て、俺はプライドを捨てた。

 相当情けない姿をさらした上に、着替えも無いのに雨に打たれてびしょ濡れになり、菜恵の前で裸にさせられた。

 いつでも別れようと思えば別れられるさと思っていたのに、本気で嫌われかけた時の 俺の動揺っぷりは滑稽なほどだった。
 八木と楽しそうに会話しながら歩く菜恵を見た瞬間、体が凍りつくのが分かった。

“菜恵を本気で失うかもしれない”

 こう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
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