シュガーレスキス
「社外でスーツにネクタイって苦しいでしょ。……ごめん、ちょっと冷静になる時間くれる?」

 そう言って、八木さんは何だか苦悩するような表情で小さめのキッチンテーブルの席に座ってじっと考え込んでいた。

「……どうしました?」
「今闘ってるところ。会社で見せてる僕の姿を信用しちゃ駄目だな……後藤さんさ、ちょっと男の事分かってないんじゃない?」

 そう言われ、私はもしかして軽率な事をしてしまったのかなと不安になった。
 ヤケぎみではあったけど、八木さんが私に何かするかもしれないとは微塵も思っていなかった。
 会社での彼はそりゃあ……温和で優しくて。
 女性の了解無しに手を出すなんてあり得ない雰囲気の人だ。

 なのに、彼はおもむろに立ち上がると、キッチンに立ってお茶の用意をしていた私をギュッと抱きしめてきた。

「八木さん!ちょっと……困ります」

 慌てて彼の腕から抜けようとするけど、男性の力っていうのは本当に強い。
 私の力なんかまるで無いのと一緒だった。

「何が困るの?じゃあどうして僕をこの部屋に入れたの。僕の気持ち知ってて……どういうつもり?」

 いつもの八木さんじゃない。
 この人も男性だったんだ。想像以上の強い力で体がギュウと締め付けられる。
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