あの夏の季節が僕に未来をくれた
兄貴が眠りにつくのを待って、俺はまたあの時の教室のように兄貴の体に重なった。


一度目より二度目の方が、しっくりと体は馴染む。


(よし、やるか!)


ゆっくりと起き上がると、自分の部屋を出てリビングへと向かった。


リビングからは灯りが漏れている。


母がこの時間に一人で起きているのは知っていた。


家事がまだ終わらないのでも。


毎日、日付が変わらないと帰らない夫を待っているわけでもない。


兄貴が寝静まった、この一人だけの時間に、母は毎日泣いていた。


誰にもわからないように、人知れず俺の写真を眺めながら偲び泣く姿は、悲しくて痛い。


兄貴なんかにはもちろん見せられない姿なんだと、母自身もわかっているのだろう。


だからこそ、こんな時間を選んでいるのだ。


俺を思い出してくれるのは嬉しいけれど、こんな風に泣かれるのは辛い。


少しためらいがちにドアを開けると、俺は思いきって母に声をかけた。


「……母さん」


久しぶりに呼んだその言葉は、俺の胸をじんわりと暖かくする。


なぜかそんなことが、逆に自分が死んだという事を実感させた。


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