麗しの彼を押し倒すとき。


叫んだなっちゃんにビクッと肩を震わせる。

既に危機は去ったと油断していた。

いつもそうだ。私は詰めが甘すぎる。

お母さんにもお父さんにも、あのお兄ちゃんにまで柚季は詰めが甘いと言われて育った。


小学5年生の時。それも転校したての学校の運動会で、徒競争で途中までは一番になったのは良かったけれど、嬉しくなって観客席の家族に手を振ってたら思いっきりこけて、膝小僧がずるむけになった。

そのあと大泣きしてたら涙で前が見えなくてまた転んで、結局両膝がずるむけになった。


前にいた女子高では、トイレを済ませた後鏡を見て今日は顔もむくんでないし、前髪の分け目も安定してるし完璧だ、そう思って歩いていたらスカートがパンツに挟まってて、お尻が丸見えになりながら廊下を10メートルほど歩いていた。なんてこともあった。

それを見た友達に、柚季の人生の大半はボケでできてるって言われた。

自分でもあながち間違ってないと思ってしまうから恐ろしい。



「お前、俺のことずっと女と思って生きてきたわけ?」


昔のことを思い出しているとスプーンを凶器のように逆手に持って、なっちゃんが向こうの席から身を乗り出し私に詰め寄っていた。



「……ち、違う違う!」

「何が違うんだよ」

「なっちゃんだけじゃなくて、みんなのことそう勘違いしちゃってたの!」

「ふぅん……よくそんな言いわけできるよねー」


ぼ、棒読み。口は笑ってるのに目がマジで怖い。

じりじりとにじり寄ってくるなっちゃんに、後ろの方で波留ちゃんが、「どういうこと、どういうこと!?」と椿を質問攻めしているのが見える。

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