麗しの彼を押し倒すとき。
「……誤解したままだって知らなかったんだよ」
「え?」
「昔柚季があいつらのこと女と思って遊んでたってのは知ってたよ。けど普通は大きくなったらどこかの段階で、あぁ男だったのか……って、」
「ならなかった!」
「…そう、ならなかった。お前が重度の天然だってこと、兄ちゃんは忘れてた」
「そんな感じのことみんなにも言われた」
「そっか、悪かったよ」
しゅんとしてしまったお兄ちゃんはそれだけ言うと直ぐにキッチンへと向き直った。
悲しげな兄の姿に少しだけいい過ぎたと罪悪感が募る。…けど、すぐにそんなものは私の胸から消え去った。
いかんいかん。シスコン兄貴に騙されるな私。
この姿に何度兄のことを許してきたか。これは同情を誘う作戦でしかないのだ。
そう自分に言い聞かせると、机の上に拳を乗せて気合を入れた。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
「じゃあ何で勘違いしてた昔の私に、みんなは男の子なんだよって教えてくれなかったの?」
負けじとにっこり“お兄ちゃん教えてスマイル”を作って、柚羅の心を揺さぶる作戦に出た。
しかしそんな私に返されたのは予想外の言葉だった。
「何でって……嫌われたくなかったんだよ」
「へ?」
「それ言ったら絶対、何でそんなこと言うのお兄ちゃんのバカ!とか何とか言いそうだし…」
……な、なめていた。
この兄のシスコンの根深さを完全に理解できていなかった。
昔喧嘩して私がお兄ちゃんの妹やめると言いだしたときなんて、ベランダから身を乗り出して、ここから飛び降りるからそれだけは嫌だと喚いたのを今になって思い出す。
私は本日二度目の詰めの甘さに足をすくわれて、呆れてもうそれ以上は何も言えなくなった。