麗しの彼を押し倒すとき。
そんな憎たらしい顔をしていてもどこか可愛く見えてしまうから恐ろしい。
「言っとくけど、学校で俺のことそんな風に呼んだら騒がれるの柚季だからね」
確かに……なっちゃんの言っていることは大いにあり得る。
ただでさえ彼らはこれだけ目立つ人間。気をつけないと呼び方一つでも、周りからいろんな方向で誤解されるだろう。
尾ひれの付きまくった私となっちゃんの噂で、周囲の盛り上がる光景が容易に想像できる。
こうなるとできればなっちゃんと呼ぶのは避けた方がいいと思うけど、今までずっとそう呼んでいただけに完璧に直すのは難しそうだ。
「じゃあなんて呼んだらいいの?棗とか?」
「馴れ馴れしいね」
「そんな笑顔で毒吐かないでよ、怖いから」
「嘘だよ。なっちゃんじゃなかったら何でもいい」
「じゃあ…ナツえもんは?」
「今すぐそのマンホールに突き落としてもいい? てか何そのトラえもんみたいな呼び方」
「だからその笑顔やめてよ」
未だに恐ろしい笑顔を作ったまま、崩すことなく毒を吐き続ける棗と会話していると、いつの間にか学校の前についていた。
校門に続々と登校してくる生徒の姿に、ちゃんと間に合ったと胸をなでおろす。
しかし私はまたしても自分の詰めの甘さに気付いてはいなかった。