麗しの彼を押し倒すとき。


「ここ、寝癖ついてる」


硬直状態の私に笑いながら言うと、もう一度その手を髪に滑らせる。


……何なんだこの男は。

真っ赤になった顔を俯かせ、いろんな感情が混ざりすぎて出た答えがこれだった。

無表情かと思えば時折こうして、昔の凪ちゃんを彷彿させる笑顔を見せたりして私をとても惑わせる。


笑った凪が珍しいのか、周囲もびっくりしたように一瞬静まったような気がした。



「な、直したつもりだったんだけどな」

「……」

「凪ちゃ………凪、ありがとうね!」


途中まで “凪ちゃん” と呼びかけて、さっきの棗の言葉を思い出した。

言い直した私に一瞬凪の眉がピクリと動く。

私はそれだけ言って自分の寝癖の付いていた辺りの髪を抑えると、今度こそ先に校舎へ向かって歩き出した。


……意味わかんない。

何でこんな…血液沸騰したみたいになってんの。


まだまだ完治しきっていない右足は、しっかり力を入れて歩くと軽く痛みが走った。

それでも歩を進めたのは、この熱くなった顔を誰にも見せたくなかったからだ。


歩いても歩いても私から消えない周りの視線に、やっぱりここで普通の生活を送るのは少し難しいのかもしれないと……ほぼ確信的にそう思った。

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