麗しの彼を押し倒すとき。
「てか早くその汚い手離してよ」
「お前っ…」
棗の挑発的な言葉に、胸倉を掴む男の力がいっそう強まったのが分かった。
その瞬間少しだけ苦しそうな顔をした棗の視線がこっちに向けられて、彼は立ち尽くす私に気づいたようだった。
一瞬驚いたような表情を見せるも、すぐに面倒臭そうな顔をしたと思えば、「早くどっか行け」まるでそう言うかのように、クイと小さく顎で合図された。
その行動に固まっていた体が動くようになり、私も自然とこの場を離れるように歩き出す。
何でそんな男に絡まれてるんだとか、何で私とケンカしてる時の方が威勢いいんだとか、言いたいことはいっぱいあったけれど…。
ここは私の平和な日常を守るため、ちょっとムカつくけど棗の支持に従おうと思う。
「とりあえずそういうことだから」
「……」
「早くその手退けてよ」
私が一歩、一歩と足を進めるなか、棗と男の睨み合いは続く。
「お前…このままで済むと思ってんのか?」
「生憎だけど、それってこっちの台詞だから」
「は?」
「こっちがお前達の情報知らないとでも?」
棗の発した言葉に、男の目の色が変わるのが分かった。
音もなく振り上げられた右手に、私の鼓動がどくんと速まる。
スローモーションに見えるその動きに、なぜか心が “動け” と騒いだ。