麗しの彼を押し倒すとき。
もしこれが青春という名の物語に含まれている、アクシデントの一部であれば。
もしも少女マンガの1ページにあるような、素敵な出会いならば。
私だって誰もが憧れる恋のストーリーを、ここから始めていたかもしれない。
……が、
「……む、胸がないっ!」
次の瞬間、嫌な予感が確信へとなった私は思わず叫んでいた。
手をついてぐっと起き上がると、もう一度彼のそのペタンコな胸を確認する。
私の幼なじみである“凪ちゃん”が本当にこの人であれば、この胸は柔らかいはずだ。
だって私の記憶の中での凪(なぎ)ちゃんは、紛れもない “女の子” なのだから。
「…胸?」怪訝に聞き返した彼に、私の顔からは血の気が引いていく。
「本当に凪ちゃんだよね?」
「だからそうだってさっきから…」
「じゃあ何で!……どうしよう!やっぱり凪ちゃん、胸がっ」
「……胸がなに、」
「やっぱりおっぱいがないっ!」
「……当たり前だ」
「逆にあったら怖いだろ」と続ける彼の声なんか、もう耳にも入らない。
一体この数年で何があったの……。
彼、もとい女であるはずの凪ちゃんのおっぱいに何が起きたのか、考えたところでちゃんとした答えが出るわけもない。